イノベーションで地熱を主力電源に
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片瀬 裕文 氏
株式会社GeoDreams代表取締役。
東京大学法学部卒業。1982年通商産業省(現経済産業省)入省。米ミシガン大学で応用経済学修士号を取得。石油天然ガス課長、航空機武器宇宙産業課長、内閣官房宇宙開発戦略本部事務局審議官、産業技術環境局長、通商政策局長などを経て、2016年より経済産業審議官を務める。2017年退官後、米国I-Pulse社副会長に就任。
目次
再生可能エネルギーは、原油や天然ガスなどの価格が高騰する中、気候変動問題に伴う脱炭素化の動きも相まって、自国で賄える貴重な資源として一段と普及させる必要があり、注目を集めています。
今回は、経済産業省で技術政策、エネルギー政策や気候変動対策に取り組み、世界のエネルギー事情と技術に精通し、株式会社GeoDreams代表取締役と米国I-Pulse社副会長を務める片瀬裕文氏に話を伺った。
片瀬
「これまで日本では、再生可能エネルギーの中でも、太陽光発電、風力発電に注力してきました。太陽光発電や風力発電は再生可能エネルギーの拡大の上で重要な役割を果たしていますが、最大の課題は天気まかせ・風まかせで24時間安定的な発電ができず、系統の制御が難しい点、発電設備を設置する際に環境負荷が大きい点が挙げられます。さらに、期待されていた発電コストの低下は止まり、その建設に必須である銅などの資源も今後供給不足が懸念されています。
地熱発電はこれらに比べると導入が遅れていますが、24時間、365日発電できるというメリットがあります。ポテンシャルの面でも、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)は、地下3kmまでのエリアで現在の電力の総発電量の55%、さらに地下5〜10kmまでのエリアでその2倍以上の発電ポテンシャルがあるとしています。また、米国エネルギー省は地熱資源に関するビジョン「Geo Vision」を発表し、米国内だけで、5100ギガワット(1ギガワット=100万キロワット)以上の地熱発電のポテンシャルがあるとしています。このような膨大なエネルギーの利用を実現することができれば世界と日本のエネルギー事情や気候変動問題に革命的な変化がもたらされることになります。」
異業種参入含め、様々なプレーヤーが地熱発電に挑戦していますが、我が国のポテンシャルに比べれば極めて低い導入状況にあるといわざるをません。
そのような中で片瀬さんは石油開発や金属鉱業などの地下開発で使用されている世界最先端の技術を地熱発電に応用することを唱えられていますね。
片瀬
「石油や金属鉱物の探査・開発は地熱に比べ歴史が古く、事業規模も大きいため、技術開発に膨大な資金と頭脳が注ぎ込まれてきました。その地熱への応用は大きな成果をもたらすでしょう。その一例は、スケールの除去です。地熱発電所の安定的な運用には、蒸気生産能力や熱水還元能力を維持する必要があり、地熱井戸の配管に詰まり(スケール)が生じてしまうと、想定する蒸気量や熱水還元量を得られないことになります。従来の技術では、このようなスケールを除去するためにリグを建設し、1−2ヶ月程度という期間をかけて浚渫作業を行う必要があり、その間井戸が稼働できなくなることも含め多額のコストを要しています。
石油開発のための井戸にもスケールが発生します。そのスケールをパルスパワーで破砕して除去する“BLUESPARK™️”という技術を地熱に応用すれば、数日間程度の極めて短い期間で地熱井戸の配管の内外に付着したスケールを破砕して除去することができます。
一般的には、電気は照明や機械を動かす際のエネルギー(Kwh)として使われますが、この技術では電気をパワー(パルスパワー)(Kw)として利用します。パルスパワー技術を幅広い民生分野に展開する世界ただ一つの会社であるI-Pulse社が開発し、その子会社のBLUESPARK社で世界展開をしている技術です。石油開発では、メジャー企業が安全性や有効性を確認して使っている技術であり、これを地熱発電に応用することができるのです。BLUESPARK™️の技術について、パルスパワーで破砕させと聞くと、心配になる方も多いかもしれません。しかし、一度のパルスで使用するエネルギーは、スプーン一杯のオレンジジュースに含まれるカロリー程度と極めて小さく、井戸を損なうことはありません。訓練を受けた技術者が正しく扱えば危険性はなく、これまで何百本もの井戸に適用してきましたが、一度も事故は発生していません。
産業革命からこれまで人類は、石炭、石油・天然ガス、原子力、太陽光、風力などのエネルギー資源の利用ため、多額の費用と頭脳を投入し技術開発を進めてきました。地熱に投入された資源はこれらに比べれば米粒のようなものです。地熱の潜在力を考えると信じられない状況であり、今こそ地熱分野のイノベーションに取り組むべきです。
BLUESPARK™️はあくまで一例ですが、石油開発や金属鉱業の最先端技術を応用し、さらに新しい技術開発を進めていくことで、地熱発電の潜在力を解き放ち、日本及び世界の主力電源の一つとしていくことができると考えています。」
イノベーションで地熱発電が拡大していくことはわかりました。しかしながら、最先端の技術を導入し、イノベーションを推進する人材をどのように確保していくのか、そこに次の課題があるように思います。
片瀬
「人材の確保は非常に重要です。そのためには、地熱の将来に関する具体的なビジョンを示し、これを実現するため行動することが最も重要です。
Geo Dreamsは、イノベーションにより地熱を主力電源の一つにしていくことに貢献するというビジョンを掲げ、その第一歩としてグループ会社の一つであるGeo Spark Technologies 社にBLUESPARK™️技術を導入しました。その結果、同社に、地熱分野のみならず石油分野などから、また出身も産官学にわたり、トップクラスの人材がたくさん参集しました。彼らと話をすると、それぞれが、地熱分野でイノベーションを起こそうという夢と意欲に満ちています。我が国には、世界と日本をよりよくしたいと思っている優秀な人材が雲霞の如くおり、ビジョンを共有することで大きな目標に向けてその力を結集することができると感じました。日本全体の人材の確保のためには、大学から産業界に至るまでの総合的な取り組みが必要ですが、このような取り組みに際してのヒントになるのではないでしょうか。